「老害になる」のが怖くて仕方ないのではないか?

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私は84年生まれの37歳で、定時制高校に入った頃からインターネットに触れて、それ以降も色々とネットのお世話にはなっている。ネットにハマりすぎて失敗した部分もまああるけれど。

 

私に近い世代ぐらいから更にその下は、端的に言うとネットで「老害ウザい」と言ってきた世代だ。どれほどの意味があったかはわからないけど、そういう声を上手く利用して多少世の中を変えた人はいたように思うし、その中には良いこともあったんじゃないかと思う。

 

で、私を基準にして悪いが、アラフォーや40代はさすがにちょっと「若者」とは呼ばれないし自称もしない年齢だ。昔の比べれば若い雰囲気の人は増えてるように思うし、今の日本の全体的な年齢層を見るとそんなに年寄りぶらなくてもいいんじゃないかとも思うが。

 

だが着実に「老害」と呼ばれる、というより自分たちがかつてそう呼んで切り捨てていた世代に近づいているのだ。私たちはきっと自分たちも歳を重ねるということに無自覚すぎた。

 

かつて自分たちが上の世代を罵ってきたからこそ「新しい価値観に理解のない老害」になるのが怖いのではないか。せめて「物わかりのいい中年」ぐらいでありたいという気持ちがやや強迫的になるのではないか。

 

少し話が違うが今の日本で一番タチが悪いのってセクシズムやルッキズム以上にエイジズムではないかと思うことがある。歳を重ねることが悪いわけではないのだと自己弁護的にだが思う。誰だって年をとるのだし、いい歳の取り方をするというのはとても大事なことだが年をとること自体に対してやや恐れすぎているようにも私には感じられる。

 

それはそれとしてあまりこれ以上白髪が増えたら2ヶ月ごとくらいにお安めのカラー専門の美容室に行こうかなとか考えている。お財布にちょっと負担にはなるんだけど。