お風呂って気持ちいいんだなと思ったからちょっと書いておく

いつものことと言えばいつものことなんだけれど、体調が優れなかった。というか今もいまいちだ。これを書いてる今も食物繊維やら何やらが足りないんじゃないかと思って冷蔵庫に入れておいた野菜を切って鍋にぶち込んで味噌汁の具として煮ている。キャベツとか人参とか玉ねぎとかさつまいもとかしめじとか。

じゃなくて書こうとしていたのは鍋で野菜を煮る話ではなく私が湯船で茹でられる話だ。ただし野菜たっぷりの味噌汁は本当に美味しいし体にも良いことは書いておく。

昨晩、私は午前1時頃に中途覚醒をした。これは私にとってはよくあることで、良いことではないと思うけれどまあ慣れてる。そこで私はふと思った、お風呂に入ろうと。
「貴様夕食の前後に入浴を済ませてないのか。不潔な」と思う人もいるかもしれない。ごもっともです。でも私は夕食を食べてしまうとただでさえ低い行動エネルギーがさらにひどく低下して、お風呂がなかなかの重労働になるめんどくさい体質をしている。それで結局はそのままベッドに潜り込んで翌朝まで寝て、早朝にお風呂に入って帳尻を合わせたりしているようなことが多い。帳尻が合ってるのかどうかというとかなり怪しいというか、たぶん夜に入ったほうが良いとは思うのだけれど入れないものは入れないのだから仕方がない。

で、まあゆうべのお風呂だ。私はいつも通りの感じで入浴する気でいた。というのは少し嘘でその時たまたま少しだけ「今お風呂に入ったらすごく気持ちよくなれるんじゃないか?」というような予感があった。だからか、お湯を浴びてお風呂に入った私はいつもより多めに熱湯を湯船に注ぎ込んだ。今年の夏、体力的に厳しかったためもあると思うけれど私は熱めのお風呂が最近苦手になっていた。だからここ数ヶ月はいつもぬるめのお風呂に入っていた。ゆえに私にとって熱いお風呂はちょっとした冒険だった。

熱い、この感覚久しぶりだ。でも不快じゃない。むしろなんか気持ちいい。そういえば熱めのお風呂って気持ちよかったんだ。
私はネットで思いついたことをあれこれ調べる悪癖がある。以前読んだ文章の中のヒートショックプロテインという言葉を思い出した。よく覚えてないけど体のタンパク質に一定以上の熱が加わると良い作用が起こるらしい。なるほどわからん。でももしかしたら今私の体にそれが起こっているのかもしれない。

気持ちよかったが、のぼせてきて限界が近くなったので湯船の外に出て一休みすることにした。ちなみにうちのお風呂場のシャワーは壊れているので頭や顔は湯船のお湯を使って洗っている。ちょっとそのまま洗顔したり頭にかけたりするのには熱すぎる気がしたので湯船に冷水を入れることにした。適度な温度になったお湯で顔と頭を洗ったあと私は再び湯船に浸かった。

「もう一度熱いお風呂を味わいたいな」と思った私はもったいないことにお湯のコックをひねった。湯船に熱いお湯が満たされる。ああ、気持ちがいい。なんだか久しぶりに生きてるって感じがする。これは熱いお風呂に過ぎないがなんかちょっとだけサウナとかにハマる人の気持ちがわかるような気がした。たまにはスーパー銭湯とかに行ってみるのもいいかもしれない。

そんな感じでお風呂を満喫した私は脱衣所兼洗面所に上がった。お湯の残量メーターを見てみると4目盛り中2目盛りにまで減っていた。一人でお湯を使い過ぎだ。あとで調べたけれど、効果的かつあまり無駄のないように熱いお風呂を楽しみたい場合はのぼせる手前で外に出て普通に休憩してからまた入浴を繰り返せばいいらしい。簡単だ。私はバカだ。今度からそうしようと思った。

お風呂から上がってドライヤーで髪を乾かしてるとなんかよくわからないけど満足感があった。かといってこれを書いてる翌日(?)の昼の時点で別段体調がすごく良くなったわけではない。けれど少しお風呂の温度を変えるだけであんなに満足感を得られるとは思わなかった。私はお風呂の良さを今までほとんどわかってなかったのか忘れていたのだ。これは温泉やら当時やらスーパー銭湯やらサウナやらにハマる人が多いのもわかる気がする。名所の温泉宿に旅行に行ったり湯治宿に宿泊するお金とかはないけど最寄りのスーパー銭湯とかたまに行ってみようかな……。サイトを見たら大人600円と書いてあるけどたまに行くなら水道代電気代を考えるとお得な施設じゃないだろうか。とりあえず今後家でのお風呂の入り方を続けて変えてみることからやろうと思うけれどお風呂っていうのは思ってたより面白そうだ。歳を取ったせいかもしれないけれど。

私的メモ

勉強する分野

・数学 中学・高校数学から復習してできれば大学初級~中級までいければ) 数学を勉強しておいて言語学やプログラミング、各種サイエンスにおいて得をすることあれど損することなんて決してないと思うし、数学そのものにも魅力を感じる。

言語学 大学院で専攻したいため。まだ実はほとんど手がつけられてないけど一番やらなければいけない分野。とりあえずソシュール認知言語学生成文法の基礎から、かな。

・語学 英語・ドイツ語を中心に余力があればフランス語やロシア語の基礎も。英語は英検準1、TOEIC700~800レベルは欲しい。

・プログラミング JavaPython、JS、Rubyの基本文法。デザインパターンOOP関数型プログラミング

 

 

経済面について(お仕事)

・当面は日雇いでできそうなお仕事を時々

・定職、安定収入に関しては勉強をしながら考えていく。できれば勉強をする時間を確保できるお仕事があれば、とは思うけれど……。

父の下で働くという選択肢もないわけではないけれど、ちゃんと働けなかったら、という心配はある。

 

その他

MtFとして女性的な見た目を獲得したいために体重を落として体型を絞りたい。食事制限と筋トレと有酸素運動、ほぼこの辺りに尽きるかなと。基礎化粧品をもう少しグレードアップすることも考えたけれど今はあまりその辺りにはお金をかけずに、UVケアとプチプラスキンケアをメインで。

 

足りないことが多すぎるけど、一歩一歩やっていこう。

マイノリティは優秀でなければ許されないのか?

 

別にセクシャルマイノリティに限った話ではないけれど、そういう風潮はある、気がする。

一部のセクシャルマイノリティ、というかMale To Femaleは時として就職・就労で壁にぶち当たる。私が個人的に最近気にしてるのは髪型のことで、おそらく今の髪の長さ(あと色)で採用の際に制限されたりマイナスの評価を下される職場は多いであろう。ただでさえ職歴が皆無の中年の身にこれはかなり辛い。

 

私ほど状況が悪くなくとも、髪型などの容姿の面で就労に苦労しているMtFは少なくないらしい。ネットで検索するといくつかそういう相談などが出てくる。そういうところで正論とされるのが「人束いくらで買われるような人材ではなく、何か高い職能を身に付けて仕事を探せ」というものが多い。
私もそれは実際問題正しいとは思う。有能であればあるほどその他のことは目を瞑られる。それが現実だ。

 

けれど私は少し疑問を抱かざるを得ない。それが過ぎたお花畑的思考であったとしても。マイノリティであることは罪なのか? ハイディキャップであるべきなのか? スティグマなのだろうか?
私は倫理学などは全然わからないが、別に変わった属性を持っていてもそれは罪ではないはずだ。たぶん。それなのに、なぜそれが重荷にならなければならないのか?

 

だが、現実として重荷に、手かせ足かせになることがわからないとは言わない。例えば文学などではマイノリティの苦悩が往々にして描かれるものであるし、現実にも少数移民や差別を受けてきたコミュニティの親などは子供に対して我々は平均より優秀でならねばならないと厳しくあたることも多いらしいと聞く。それが生きていくための戦略なのだろう。

 

マイノリティの種々の属性が基本的にマイナスの評価を与えられてはいけないというのは理想論なんだと思う。基本的に組織をいうのは変わった属性・個性を好まない。そういう社会や組織がちょっとやそっとで変わるとは私も思わない。現実で生きるなら現実からは逃げられい。けれど理想であれ、空虚な理想論であれども、私はそれを絶対的に正しいとは思いたくないのだ。

近況報告的な

 

こんなブログでも、見てくださっている方がいくらかはいらっしゃるので、ありがたいことですが、あんまり更新をあけすぎるのもあれかなと思ったので最近のこととかを少し書いておきます。Twitterをご覧になってくださってる方は「知ってるよ」ってことも多いと思いますが。

 

えっと、相変わらずだらだら生活しています。暑さがやっと過ぎ去ったという感じですね。今は丁度いい感じで冷暖房はいらないし身軽な服装でいられてとても良いのですがもう少ししたら冷えてくると思うのでそろそろ冬物の普段着を少し買いたいと思ってます。できるだけあるものを活用したいですがちょっと心もとない部分もあるので。しまむらさんとかユニクロとかでしょうけど。

 

久しぶりに続けて映画を見に行きました。小さめの映画館で「青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない」を見て、その翌々日にシネコンヴァイオレット・エヴァーガーデンと天気の子を見ました。どれもアニメ映画ですね。最近、家でもプライム・ビデオやNetFlixを見て過ごす時間が多くなっていたので自分の中で映像作品ブームがきていたのかもしれません。見た3本はどれも良い作品だったと思います。

 

さて、単調な日々を送っているのでもう書くことがなくなってしまいました。まああえあまり何もしない日々を選んでいるようなところがあるので、あまり悪いようには考えないようにしましょう。また何か書きたいことがあったら更新します。よかったら見てください。では。

困った患者だと思われそうな気がする

 

もう思われてるかもしれないけど。

私は性同一性障害という診断をもらって、その世界では国内有数のジェンダークリニックに一応通院している。

ジェンダークリニックというのは現在まだ精神科に属する部分が大きいんだけど、他の精神科よりも社会参加への圧力が強いような気がしている。
まあジェンダーというのが日本語では社会の中での性別ということで、そういうことになるのは仕方ないのかもしれないけれど、私には結構きつい。私はもともと結構な社会不適合者で、ジェンダーやらの問題を置いておいても社会参加できてない側の人間なのだ。そういう人間が就労などの社会参加の圧力をかけられるのはなかなかしんどい。

まず第一に私はすごく仕事ができないタイプの人間で、ここ半年ほどの多少の日雇い労働でそれをとことん思い知らされた。私自身は仕事ができることに自分のアイデンティティは求めてないつもりなんだけど、それでも仕事ができない人間にとって労働の場というのは居心地がいいものではない。働いてる最中にこんなに無能なら帰ってから首を吊ろうかと思ったこともある。

ジェンダークリニックのMDsへの顔を立てるためだけに労働に挑戦したわけではない。性別移行というものはお金がかかる。通院費、ホルモン注射、脱毛、化粧品、望みの性別の衣類、単発で一番大きいのはやはり性別適合手術の費用。タイで行うとしても現在の相場で200万円ぐらいは見ておかないといけない。お金がかかるのだ。この点稼ぎがない人間には厳しいことは容易にご想像いただけるだろう。

ふと思う、思ってしまう。自分で経済力をつけられない人間にとって性別移行というのは贅沢品なのだろうか。おそらく贅沢品なのだろう。では贅沢品であるべきなのだろうか? お金のない人間は生まれ落ちた時の性別に縛られたまま生きなければいけないのだろうか? きっとそうなのだろう。少なくとも今は。
To Femaleとして通しているがもともとNon Binary的な部分も強い私としてはこう思ってしまう。

「なんでこの世界には性別なんてあるんだろう。そんなものなかったらもっとみんな自由に生きられるのに」と。

クレジットカードなしでも結構平気だった約2ヶ月

 

日記を読み返すと6月の頭ぐらいに家族にクレジットカードを預けたようなので、もう少しで2ヶ月が経つことになりますが、私の場合は結構問題ありませんでした。
その間ネットで買い物とかをしなかったわけでは全然ないのですが、案外クレジットカード以外の決済手段ってあるものだと思いました。はっきりとは覚えてないんだけど、クレカ以外の決済だと面倒だしこれそこまで欲しくないしってものを買わずに済んだ部分もあると思います。
でもクレカが一番ネット決済には向いてると思います。向きすぎてるから封印してるのですが。

クレジットカードよりも現金中心のほうが大事にお金を使えるというタイプの方には割とおすすめできるんじゃないかと思います。

ただ、これから政府とかもキャッシュレス化に力を入れるみたいなのでそうするとクレジットカードとも賢く付き合っていかないといけないのかなあとは思うのですが、今後どうしようかなあとか考えています。
電子書籍とかDL版のゲームとか以外はもうクレカいらなくない? というのが本音かなあと。そういうのもPOSAカードのほうがいい部分はあるし。
キャッシュレス社会のほうがお金の流れが記録しやすくて不正とかが可視化できるというのはわかるのですが、個人的には現金にそれなりに残っていて欲しいかなあというオールドタイプだったりします。

まあ、なんとかなるんじゃないかなとか考える

 

私の考えが甘いだけなのかもしれないし、これまでたまたま運良くなんとかなってきたからかもしれないけど時々そう思って自分を慰めるというか深く考えすぎないようにしている。先のことを考えるのって基本的に体とか心に良くないような気がする。ものすごくエネルギーが溢れて自分はこれからこれがしたいんだ!! みたいな時は楽しいんだけど歳を重ねてくると悲しいかなそういうのがさすがに減ってくるので、どうも未来を考えるとネガティブになることが多い。

私の場合主な懸念事項は2つか3つで、女性になれるかということと、それなりに満足いくまで学問を修められるかということと、あとあんまり考えないようにしてるけど自分で生計を立てていけるかどうかということあたりになってくる。
どれも深刻な問題ではあるんだけど、女性になれるかどうかは、男のままでいるのはすごく嫌なんだけどまあそれもなれなかったとしても理解のある人とだけ交友したりしてなんとかするという手もなくはないし、学問は完全に自分の自己満足だしなんなら学位とか所属機関とかはなくても人間はいつどこからだって勉強はできる。お金のことは問題なんだけどそれこそ悩んだからって仕方ないと思う。自分にやれそうなことでお金に繋がりそうなことがあればまあ元気な時は積極的にいきたいけど、今の私は疲れ切っててそれどころじゃないしこの国はだいぶ貧しくなったとはいえ窮すれば餓死しない程度の生活はさせてくれそうだし。

それにこういうことを書くとすごくネガティブなように思われるかもしれないけど、明日にでも、なんならこのあとコンビニに行く時にでもトラックに私が撥ねられれば全部きれいに終わる。(現場はきれいとは言い難いかもしれないけど)ある意味究極の解決だ。もしかしたらうちの田んぼからシェールガスが山程出て大金持ちになるかもしれないし。ほらプラス思考(?)

まあ、なんていうか適当なことを書き連ねたけど要するに考えても仕方がないことって結構あってそういう場合は考えずに適当にゆるく楽しいこととか好きなこととか熱中できることをやって時間を過ごす。つまり普通に過ごすのが大事なんじゃないかと思ったりしただけの話です。最近「何もない時間をやり過ごす」ことの重要性を時々考えていて、それができるできないでだいぶ人生の楽さって変わってくるんじゃないかと思ってる。あんまり調子がよくないけどなんか時間は余ってるときはぼーっと適当に過ごそうかなって思う。あまり大きなこととかは決めずに、考えずに。