浪費癖を治すためにネット通販をやめます

Twitterを見てくれてる人とか、このブログを見てくださってる方ならご存知かもしれませんけど、私はここ数年自分の浪費癖に振り回されております。
浪費の対象はデジタルツール・本・服とかがメインなのですが
つい先日もまだまだ使っていて問題のないAndroidタブレットを売り飛ばしてiPad第7世代を買ってしまったりして、自分ってやっぱり買い物依存・浪費癖がひどいなと実感しました。
お金も貯まらないし、自分が自分でコントロールできてない感がとても不快なのでもう一つ手を打ちたいと思います。


それで自分なりに考えたりネットで浪費癖や買い物依存の治し方なんかをググったりして、自分に効果がありそうな対策として「ネット通販で物を買わない」というのを自分に課したいと思います。というか課します。
私の出費、特に大きめの出費ってほとんどがネットでデジタルツールを買ったり、服や本をまとめ買いしてる部分なんですよ。つまりそこを抑えてしまえばかなり浪費を減らせるのではと考えたわけです。
逆に言うと買い物する時は店頭で、それも現金でということになります。それならお金を使ってもまあいいことにしておきます。私の場合現金になるとカード払いに比べるとだいぶお金を使うことを躊躇する傾向があるのでそこを上手く使いたいと思います。
現金なら使っていいから浪費するってわけではもちろんなくて、現金を大切に慎重に、今お金が足らないものは買わない。ということを心がけていきます。


ダメなところ挙げるだけじゃなくて(そこそこ)出来てるところは褒めたほうがいい、ということで、年末に書いたエントリ、ゲームと電子書籍買わない宣言は緩んでる部分、ゆるい部分はあるけどそこそこできてるんじゃないかと思ってます。
その間にお金を出してしまった電子書籍とゲームについて書いておきますと、電子書籍百合姫のバックナンバー1冊100円のを買っちゃったのが1500円ぐらい。
ゲームは前に買ったタイトルのDLCを買ったのが7000円ぐらい、それと最近お友達に誘われて「いいか」と思って買ったFF14コンプリートパックが5800円と、その後つい買っちゃったPS4の中古のコードリアライズ(乙女ゲー)が1700円ぐらい。
そこそこ買ってるじゃんと言われれば反論できないんだけど、買わないって決める前よりは約2ヶ月間で結構抑制できてるのでこれについてはある程度自分を褒めてあげたいです。そしてしばらくはこのぐらいかこれ以下のペースで続けたいです。

 

お金のコントロールは自分のコントロールだと思って改善していきたい。

顔認証(Face ID)がしっくりこない

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断続してではあるんだけどiPhone XRを使っていて、XRのメインのロック解除機構はFace IDつまり顔認証なんだけどこれがイマイチぴんとこない。何がっていうと指紋認証と比較してってことなんだけど。

 

指紋認証だとロックを解除してるっていう手応えというか感覚というか、そういうのがある。あくまで自分の中での話だけど。たぶんだけど、センサーに指を当てたり、人間のメインマニピュレータである指を使ってたり、あとミステリとか刑事ドラマなんかで指紋は個人を特定するものであるという刷り込みみたいなのもあるのかもしれない。なんか自分でスマホのロックが解除できてることに対して納得がいく。

 

で、顔認証ことFace IDだけど、噂に聞くところによると単純に画像として処理してるんじゃなくて顔にすごい数の赤外線の光線を照射してそれで浮かぶ顔の形で個人を認識してるみたい。そのくらいのおおかまなことしか技術的には知らないけどすごいと思う。確かにロック解除も楽なんだけど、だけどなんかトータルで半年以上は使ってるはずなんだけどまだちょっと違和感っていうか苦手意識がある。

 

顔ってのがよくないのかもしれない。人間同士だと美醜って顔を中心に判断されるしそこをすごい精密なセンサーで計られたくないって心理もあるのかもしれない。今これを書いてるMacにはTouch IDがついてるモデルなんだけどそれは確かになんかちょっと安心感がある。FaceTimeカメラっていうのもついてるけどそんなに使わなくて意識してないし。こういう感覚って私だけなのかなあ。この先もほんのりと顔認証に対する苦手感を抱えていくんだろうかー?

Twitterで真面目な顔をしたくない

他人の真面目な政治ツイートとか、ポリコレ的に正しいか否かを考えるツイートとか、私がフォローして作っているタイムラインが原因なのかもしれないけど最近のツイッターは正直「何か違う」って感じている。以前に比べて自分自身のマイノリティ性とかを堂々と名乗れるようになったのは悪いことではないとは思うのだけれど、それに対する配慮しない人は人間じゃないというか、ひどく想像力に欠けた人間として扱われているように思う。

 

たぶん以前よりTwitterとかネット議論は正しくて清潔になっている。

私にとっては少々息苦しい程度には。

 

いやお前だって持病・性的マイノリティじゃないか。それに対する配慮だって何度も求めてきたじゃないか。と言われそうだ。それは認める、否定しない。

けれどTwitterってそんな大仰な議論をするべきところだったかなあ、と。だいぶ機能拡張はされたけど140文字って少ないし、何度も連投して繋げていくのもなんかいまいちスマートじゃない気がするし。

 

Twitterは私にとっては今でも「あそこのコンビニの〜という新商品を食べたら美味しかった」とか「○○というゲームをやってみたら結構ハマってしまってゆうべはあまり寝られなかった」とか「○○というコスメ、プチプラなのにとても良くてオススメ」とかそういうあまり毒がなくて平和な独り言のようなものを見たりたまに書いたりするところであって欲しかったりする。たまに政治の話なんて偉そうにしてしまうこともあるけど、基本的には大したことを書く場所になって欲しくなかったりするのだ。

自分の依存癖について

正直に言おう。私は私の人生のコントロール権を自分で握っていない。はっきり言って私はネット・ネトゲ・買い物・加工食品などの奴隷だ。主導権は彼らにあって私にはあまりない。

 

彼らに手を出したのは私だった。それは認める。けれど今や彼らは私の主人だと言わざるを得ない。前の数エントリで浪費癖を直していく誓いのようなことを書いた。それはある程度まで成功していて、以前私の懐を痛めつけていた買い切りゲームや電子書籍や服やデジタルガジェットについての出費はほとんどない。

その点に関しては自分を評価してもいいかもしれない。けれど私はまた別の、よりタチの悪いものにアディクトしてしまっていた。今それからの脱却を図っているしもう今後は全くそれに近寄りたいとも思ってないけれど私には過去何回も同じようなことを繰り返した前科がある。だから決して二度とやらないとは言えないのだけれど少なくともしばらくは、願わくば数年間はそれとは無縁でいたいと思っている。

 

 

お察しかもしれないが私は久しぶりに以前ドハマリしていたオンラインゲームをインストールしてしまい、ほんの一週間ほどで見事に数万円つぎ込んだ。やってる最中はそれにあまり疑問を感じなかったし必要なお金のような気さえしていた。今はそれなりに後悔はある。

 

私は少々自分自身にうんざりしている。私は依存性の高いものに弱い自覚はあって、だからこそアルコールやタバコやギャンブルには関わらないようにして生きてきたし今後もそれは帰るつもりはない。けれど今の社会では他にトラップはいくつもある
アルコールやギャンブルを避けてネットやネトゲや買い物やジャンクフードにハマっても傷が浅いだけで本質的には同じだ。ドーパミンの過剰放出の奴隷という点ではほぼ違いがない。脳に不健全な報酬回路ができてしまっている時点で同類だ。繰り返すが私は快楽の奴隷だ。

 

 

しかしこのまま無抵抗ではいられないし、単純にネトゲをやめれば済むという話でもおそらくないだろう。根本的に対策をとらないといけない。
私のそれらの依存のほとんどはネット、とりわけPCでのブラウジングと縁が深い。だらだらネットをするのもネット通販で買いすぎるのもオンラインのことだしネトゲは勿論そうだ。PCに向かいながらだらしなくジャンクフードを頬張っていることも多い。
PCが悪いと言いたいわけではない。昔こち亀で大原部長が酒も自分も悪いわけではないと言う両津勘吉に対して「酒とお前がくっつくと悪い」と言っていたがそれに近いのかもしれない。暇な状態の私とネットに繋がったPCがあるとあまり良いことにならないのだ。
だからPCの前に座ることを減らしていこうと思う。スマホの毒性もそれなりだが今の私にとってはPCよりはだいぶマシだ。毒性がマシなものを選ぶというのは一つの手ではあると思う。徐々に自分の主導権を取り戻したい。「人生を取り戻す」という表現は大げさなようで決して大げさではないんだと思う。

無駄な物を買わない私の対策

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記録している買い物の履歴から私のここ3週間ぐらいの無駄遣い・消費を振り返ってみますと、12月28日にメルカリで1万円で中古のJabra Elite Active 65tを購入。
少しの間使うもののやや不満を覚えて、ネットでワイヤレスイヤホンを物色し始める。13日にNoble AudioのFALCONをeイヤホンの通販で注文。1万6千円ほど。同日にJabraと以前から持っていたAnkerのイヤホンをフリマアプリに出品。
出費が合計で約2万6千円。売ったお金で1万円ちょっと相殺しても、1万5千円ほどの出品。痛い。そこまで買わなくても良かったし、売って買ってをしなければ3~4000円程度はまだ傷が浅かったでしょう。そもそも有線で音楽はちゃんと聞けますからどうしてもないとってこともないですし。


その他の買い物、1月1日にAmazonでドライヤーを購入。3000円ちょい。(雑誌で読んで評価が良かった・そこまで値段が高くないと感じた) 1月6日にちょっと良い経理用電卓を購入。3600円ぐらい。(簿記の勉強を始めてちょっと良い電卓が欲しくなった)といったところです。
この2つはそこまで大きな後悔ではないのですが、ドライヤーは普通に使えていたものがありましたし、そんなに良い電卓でなくても良かったでしょう。

お金使いすぎです。

 

今後お金をあまり使わないためにやること・やっていくこと

・ネットでクレジットカードで決済しない
・上のために通販サイトのクレジットカードの登録を削除する
・暇つぶしに通販サイトを見ない
・暇つぶしに商品紹介ページや動画を見ない

 

よくライフハックミニマリスト系のブロガーやYouTuberさんが「テレビは広告だらけだから見るな」と書いたり言ったりしてますが、個人的にはネットの宣伝のほうが厄介です。彼らその口でこの商品買って良かったとか言ってますしね。無料のモノには裏があることが多いです。

勿論お金は稼ぐことも重要ですが、穴の空いたバケツに水を注ぐのは損ですからできるだけ出費を減らしていかないと、です。今の私は稼ぐ力がそもそも弱いからより一層。

善良な人ってなんだろうって少し考えてみた

昨日、ふわっとした感じで「本当に優しい人って貴重だよね」みたいなツイートをした。それに対してリプライをつけてくれた人がいて「本当に優しいってなんだろうね」と言われて、それもそうだなって思ったからちょっとお茶を濁す感じのお返事をしたんですね。

けどそしたら今日たまたま質問箱に

 

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こんな質問が来てた(大勢に来てるやつかもしれない)


どう答えようかなあと思ったけど正直うまく答えられる自信がなかったのでとりあえず処理せずに置いておくことにしたんですけど、さっきベッドに横になってた時にちょっと思ったことをここに書いておきます。


えっと、すごく単純なモデルで考えます。ここに100人の村がありますってやつです。あくまで仮定なんだけど、人間集団がいたらその中からはたぶん必ず何パーセントとかの人が理由はどうあれ他者を害したり集団の利益を損なったりすると考えます。この辺りの考え方は多分パレートの法則だったりミルグラム実験とかから連想したんだと思います。
で、他者を害したりした人をとりあえず理由とか問わず村から追放するシステムがあったとします。でも働きアリの実験で有名ですけど、例えば10人追放したら今度は9人が他害行為などを行い始めます。そしたらその9人を追放して……ってのを繰り返すと当たり前ですが0に近づいていきますよね。
そうやっていって、最後に残る人、もう少し言うといかなる事情があれ道徳的法律的に悪事を行わなかった人が一番善良さが高い、と思えないかなあとうたた寝しながら考えました。

 

……ガバガバ理論な上に定義の仕方じゃなくて善良って何かって話からちょっとズレちゃってる気がする。優しいと善良はまた違うだろうし。

ひねくれて冷めてる

 

自分がReaderに登録してたりフレンドになってたりしてる人たちが年末や年明けにエントリ・日記を書いてるのを適当に読んで
「皆さん昨年のまとめや新年のことについて書いててえらいなあ」という大変雑というかローテンションな感想を抱いておりました。つまり私自身はさほど年明けとか10年代から20年代への移行とかに特別な感覚を持たないのです。
グレゴリオ暦や10進数で考えるとそうなるんですね。へえ。でもそういう区切りにだけ特別なことをするより私はこの一日一日・一秒一秒を味わって生きたい。と考えたりするんです。我ながらひねくれてるとは思うのですが。


でもせっかくだから簡単な抱負ぐらいは考えておいてもいいかなとも思っています。あくまで努力目標というか、できなくてもいいよねというぐらいの目標です。

 

・夏に水着で海に行って恥ずかしくない程度に体型を絞る

 

一点だけにしときます。勿論他にもこうなればいい的なことはあるんですけど、今自分の中で1つ選ぶとしたらこれかな、と。
それでは皆様、良いお年を。