実家というセーフティネットを攻撃して何がしたいのだろう

 

 

最近、子ども部屋おじさん(おばさん)という言葉を使ってそれに当てはまる人を攻撃している人がネットで見られます。
元々バズワードなのが更に変な方向にバズったので定義がもうめちゃくちゃなのですが、大雑把に言うと親が管理する実家の自室に成人してからも住み続ける人ぐらいの意味だったと思います。なんか転じて実家引きこもりニートという意味で使われることもあるようですが、そっちはちょっと置いておきます。

で、この子ども部屋おじさん、友人も言ってたんですけど当初の意味だとほとんど昔の都知事が皮肉で言ったパラサイトシングルとほぼ同じなんですよね。だから新しい概念じゃないんですけど、なんか悪意を感じる言葉ですよね。子ども部屋おじさんって。

で、私個人的には実家住まいって別に特に悪いことじゃないのでは? と思ってるのです。私が実家住まいだからそう言うんじゃない? と思われるかもしれませんが、多分それ抜きにしてもそう思います。

そもそも集団生活は効率的です。
実家で暮らすと家賃が浮くだけじゃなくて、色々なものが家族で共有できます。これはとても効率的でエコロジーなことです。冷蔵庫や洗濯機などの大型家電はもちろん共有できますし、電気や水道的にも効率的に使えます。テレビなども調整すれば全然共有できますね。お風呂やお手洗いも1つで済みますし、湯船のお湯も効率的に使えます。
これは別に実家じゃなくても、複数人で生活すれば同じメリットを得られると思います。シェアハウスとか。ただプライバシーレベルでは一人暮らしに劣ってしまうところはありますけど、そこはまあトレードオフなんで好きなほうを選べばいいんじゃないかと思います。

そして、ここからが私的に一番言いたいのですが、実家がセーフティネットとして機能してる人って少なくないと思うんです。私みたいに障害とか何らかのハンディキャップがあって収入が少ない人、そうでなくとも収入があまり多くなくて一人暮らしするのは経済的に厳しい人、そういう場合は実家が使えるなら使っちゃって全然いいんじゃないかと思います。家にお金を入れたり家事を手伝ったりしてたらなおいいのではないでしょうか。この低成長時代ですし、その程度の守りの姿勢は全然いいと思うのですが、揶揄したり非難してる人はどういうつもりなのでしょうか。私には正直よくわかりません。もちろん実家依存のリスクというのも生まれるわけですが、それはコストを抑えて生活することで貯金などを作ることである程度カバーできると思いますし、繰り返しますけど私は実家住まいは悪いことだとは思いません。

いらない物を減らしたら、Apple製品が消えました

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MacBook Air(2017)とiPad mini 5thを売り飛ばしました。

この2つ、どっちもあまり使ってなかったのです。なんか腐らせておくのももったいないなと思って適当に売りました。売ったお金は貯金とデスクトップPC貯金に回します。

これで私が持っている汎用コンピュータは、自分で組んだPC(Win10デスクトップ)とスマホ(Nova3)とタブレット(Fire HD10)の3つになりました。かなりすっきりしていい感じ。

 

なんか物を減らしたい人(ミニマリストを自称してる人とか)ってMac使ってること多いですよね。私はなんか逆で、Windowsが走るデスクトップは必須で、スマホAndroidのほうが使いやすく感じて、あとなんかよく処分の矛先になってるテレビはできれば部屋に欲しくて東芝の40インチ4kを置いてます。たぶんそういう人たちとは消費性向が違ったのでしょう。でも自分なりに物は増えすぎないようにしてるつもりです。

 

ていうかMacBook系1台って不便じゃないのかしら。大きめのモニタ選んでも15インチぐらいだし、解像度はあるけど絶対的なサイズがいまいち。iOSアプリ開発するとかならわかるのですが。結局汎用性とかコスト辺りの性能考えるとPC組んでWindowsLinuxBSD系でも扱えるならいいけど)入れるのが一番いいと思うのですが。

シングルCD1枚分だって惜しいんだ

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wasteofpops.hatenablog.com

 音楽に詳しそうな人のエントリを見て思ったこと。

 

月額980円。

それが音楽サブスクリプション各社が日本市場向けに設定しているいわばディファクトスタンダードの価格である。

私はたぶんCD世代なんだと思う。私が小学生から高校生ぐらいの頃、90年代から00年ぐらいまでの頃、CDはバカスカ売れていたらしい。2曲とか3曲しか入ってないシングルCDが毎週毎週何百万枚も売れていた。シングルCDの値段は1000円ぐらいだった。(当時と今では消費税とかが少し違うと思う)

当時の音楽好きの人に「あと20年もすれば毎月シングルCD1枚買う分の値段で世界中のほとんどの商業音楽が聞けるようになる。本当だ。日本の大御所なんかは渋ってたりするけど洋楽なんかはほとんど全部ある。クラシックやジャズもほとんどある。と言って信じて貰えたら

「それはすごい時代だ!」

と言うことだろう。私も別に本物の音楽好きじゃなかったと思うけど似たような反応をしていた可能性は高い。

ところがどうだ。

私は980円どころか、学割でその半分の480円すらAppleSpotifyに払うのを惜しいと思っている。お金がないというのは、ある。けれどもし仮に、まあ年収2000万円とかは突拍子もないとして年収が今の2倍とか、ちょっと欲を出して3倍になったとしよう。それでもたぶん私は

「月に480円かあ。高いな。Google Play Musicの無料スペースに手持ちの音源上げておけばただだし他の端末からも聞けるからそれで十分かな」

と感じると思う。

私は定額制サービスに全くお金を払わないわけではない。Amazonのプライム会員だし、楽天マガジンの会員でもある。ゲーム系なんぞPS PlusとNintendo Switch Onlineの2つも入っている。しかし音楽サブスクリプションにはもう480円だって払う気になれないのだ。月100円ぐらいなら入るかもしれない。

 

正直私でもなんでこんなにケチなのかよくわからない。よくわからないが私が音楽に見出してる価値がその程度なのかなとかは思う。けれど、No Music No Lifeとかいうレコード屋の広告フレーズは結構嫌いなんだけど、それでも自分が精神的にひどく貧しい人間なんじゃないかとどこかで思ってしまうような、そんなところがある。

疲れてだるい

先週の金曜日と土曜日に5時間ずつ日雇いバイトに行ったらそれ以降つまり丸4日間ほぼずっと寝たきりなのだけれどもそれでもまだ体がだるくて仕方がない。明らかに働くのにもこの世界で生きていくのにも向いてないわけだけどまあそれでも一応生きていこうとは思ってる。死ぬのは自殺すればいつでも死ねるわけだし。

 

しかしこの疲れやすさというか体力のなさは尋常じゃないと思う。10年ぐらい前に風邪をひいたあとからずっとこんな感じなんだけど。大阪に疲労の専門医がいるみたいだけどそこまで通うお金もなさそうだし、ひどく疲れやすいという前提で予定を決めていくしかないかなあ。

他人のために何もしたくない

 

人間は社会的な動物だから、他人の役に立てることに幸福を覚えるはず。と主張する人がいるけどそういうのが正直よくわからない。私はまあ、いくらかの承認欲求とかはたぶんある、けれどそれは自分の価値を他人を通して再確認してるだけで、別に何ら他人のためになりたいわけじゃない。

 

私はすごく自己中心的な欠陥のある生き物なのかもしれないけどそれならまあそれでいいんじゃないかと思う。私は自分の興味のあることとかやりたいこととかしか本当にしたくなくて

 

あと、たまに、ひきこもりはひきこもりたくて引きこもってないという言説も聞くけどそれも私の場合には当てはまらない。お金が十二分にあれば基本的にずっと引きこもって暮らしていたい。自分の部屋好きだし。下手なショッピングモールやアミューズメント施設に行くより部屋にいるほうが楽しいし楽だ。

 

通貨価値は変動するからはっきりとは言えないけど、一生安心して好きなことだけできるお金。たとえば5億円とか10億円とか(2019年現在)があれば私は喜んで引きこもって自分の好きな格好をして自分の好きな本を読んだり勉強をしたりアニメを見たりゲームをしたりしてずっと過ごすと思う。

TwitterとFacebookをしばらく休むことにした

私は基本的に人間が嫌いなんですよ。

なので本来はこんなブログとかも含めて自然言語で他人とコミュニケーションとかとっていたくないというのが一つの本音なんです。本当はずっと数式やソースコードと向かい合って少なくとも人間でいる間はできる限り人間と関わりたくないんです。向いてないからあんまりそういう時間は設けてないんですけど。でも勉強してそういう時間増やしたいなって。

なぜって人間が嫌いだから。

もう人間のことを知ったり関わったりすればするほど嫌いになって、自分もそんな愚かな人間の一種であることがものすごく気持ち悪くなって、もう死にたくなることが時々あるんです。

だからそもそもTwitterとかFBとかあんまりするべきじゃないんじゃないかと思うし、昨日なんかはうんざりが頂点に達してもうアプリとかブックマーク消しました。それでなんとか少しだけマシになって、けどなんかもうしんどくて、なので当分の間離れることにしました。他のことしてます。なんかそっちのほうが色々と有意義そうでもあるし。

 

はあ、なんでコンピュータが進歩していってるのに人間との関わりが増えていくんだろう。ばかじゃないの。もう人間やめたい。この世界出たい。

モニタを買った。そして始めてジモティーを使った

 

衝動買い的に、というか完全な衝動買いでモニタを買い替えました。今まで23インチぐらいのフルHDのダブルモニタだったのですが、どうも結局片方のモニタにしか意識がいかず、逆に効率が落ちてるとさえ感じていたので1つ撤去してみたら結構快適。そこでやめておけばいいものを「これならもうちょっと大きいモニタ1つにしたら最高じゃない?」と思って。IO・DATAの31.5インチWQHDモニタをNTT-Xストアのクーポンを使って26kちょいで購入。衝動買い……。

 

 

 

まあそれはそれとして、前に使ってたモニタが2つ余るわけです。元値が安いしもう結構使い込んだので売ってもそんなに高くないだろうと思ったし、割とかさばるからメルカリやラクマで売ったら送料が気になる。でもならジモティーで安めに出して近場で受け渡しすればなんとかなるのでは? と思いましたが正解でした。登録してから数時間で引取手様が見つかって、さきほど家族に車出してもらってお譲りしてきました。相場ははっきりとはわかんないけど、ハードオフに捨てるよりはたぶんだいぶ高く買い取っていただけたのではないかと思います。世間では「ジモティーって何? いらないもの処分するならメルカリっしょ」という感じかもしれませんがジモティー結構ありかも、とか思ったりして。